
TOHOシネマズ渋谷で『ランニング・マン』を鑑賞。本記事はナカデミー賞用の記録であり、映画の感想や評価ではなく、自身の創作活動に影響を与えたい要素と、純粋に好きだと感じた部分を整理するための制作研究メモである。
エドガー・ライト作品だから足を運んだ
最近エドガー・ライトの映画を観ていないと思っていたところ、『ランニング・マン』がエドガー・ライト作品だと知り、劇場へ向かった。
前日に『マーシー』を観ていたこともあり、主人公がとにかく動き回るだけで体感がまったく違う。座り続ける物語の翌日に、走り続ける物語を観る。この差がはっきりと出る。
動きと音楽で生まれるグルーヴ
エドガー・ライト作品は、主人公が動き出すと軽快な音楽が鳴る。その瞬間にリズムが生まれ、画面にグルーヴが出る。
動きと音が揃うだけで映画の推進力が上がる。このテンポ設計は印象に残った。
美術とカメラの細部
アートが凝っている。カメラが壁をすり抜けて下の階に移動する場面では、床下をネズミが走っている。
物語とは別のレイヤーで空間に情報を置く設計。細部が画面に厚みを出している。
家族のためという動機と階層構造
家族のために金が必要だからテレビショー『ランニング・マン』に出るという動機から始まる。
終盤は上流階級への反転にも読める構造になっている。底辺の人間が上の人間を打ち負かす力学。周星馳映画の構造に近いものを感じた。
程よい近未来感
未来すぎる世界だと自分と切り離されるが、本作は程よいディストピアとして描かれている。
今の延長線上にある距離感。この近未来の塩梅は印象に残った。


