

新年一発目は、ヒューマントラストシネマ渋谷で鑑賞。映画館詣です。

この記事はナカデミー賞用の記録であり、一般的な映画レビューや評価を目的としたものではないが、鑑賞時に実際に生じた感想を含めつつ、私自身の創作活動に影響を与えたい要素と、純粋に「好き」だと感じた部分を整理するために書いている。
広東話映画としての言語感覚
まず、広東話映画というだけで、かなり好きである。若い頃に広東語教室に通っていた経験があり、言語そのものに対する親しみがあるため、広東話が飛び交うだけで作品との距離が一気に縮まる感覚がある。
言語としてのリズムやスラングの響きが、そのまま作品のテンポや空気感を形作っている。作中で何度も耳にする「ぼっかーい」というスラングも、その一部として機能しており、この言葉が頻繁に飛び交うことで、広東話映画ならではの生々しさが立ち上がってくる。
「ぼっかーい」をたくさん聞ける映画は、それだけで良い映画だ。
香港映画と道教的呪術要素
香港映画における道教的呪術の要素は、私にとって昔から強く惹かれてきたモチーフである。
中学生の頃に、鬼打鬼、人嚇人、人嚇鬼、鬼咬鬼、霊幻道士といった作品に親しんでいた経験があり、そこから形成された嗜好が、そのまま今の自分の「好きな要素」として残っている。
だから、香港の雑居ビルの中に置かれた呪術的なアイテムや、いかにもそれらしい空間設定には、自然と惹かれてしまう。
主人公ラム・カートンの造形
主人公は、BYTFのドクを思わせるような忙しない動きで場をかき回す熱血占い師、ラム・カートン。常に動き続け、落ち着きのない身体性そのものがキャラクターの性格として機能している。
さらに面白かったのは、占い師である彼が戦っている相手が、具体的な悪役というよりも、神というか天というか、運命そのものとして立ち現れている点である。この構図が、呪術や占いというモチーフと強く結びついている。
そしてなにより、久しぶりにラム・カートンの顔をしっかり拝めること自体が嬉しい体験だった。
若手俳優ロックマン・ヨンの存在感
若手俳優ロックマン・ヨンが印象に残った。MIRRORという音楽グループの一員らしく、俳優でありながら、立ち姿や佇まいにどこか音楽畑の匂いがある。
自分自身はここしばらくK-POPを聴いており、香港ポップについてはLMFあたりで時間が止まっている。そのため、今の香港のポップカルチャーと接続する存在としても、ロックマン・ヨンは新鮮に映った。かつてのサム・リーを思わせる存在感があり、画面に立っているだけで空気が変わる感覚がある。
ミルキーウェイ・イメージとジョニー・トーの名前
冒頭でミルキーウェイ(銀河映像)のロゴが流れた瞬間に、もしやと思ったら、製作に香港ノワールの巨匠ジョニー・トーの名が連なっており、その点で嬉しい悲鳴を上げた。観たい映画は予告編も見たくない人なので、なるべく真っ白な状態で観たい。
香港映画への期待
おそらく『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』が日本でも話題になった流れの中で、本作が日本で公開されたのだと思う。これをきっかけに、より多くの香港映画、特に広東話映画が日本で配給されることを願っている。




